私の目線から(バックナンバー)
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【4月7日】 新緑の季節に思うこと。
 木の芽起こしの雨というのでしょうか、乾燥した晴天の続く冬から一転して、しばしば雨が降るようになりました。
 桜も終わり、新緑のまぶしい季節ももうそこまで来ています。
 樹木は、誰もが愛し維持しようとするもの、と思っていましたが、市民相談を伺って必ずしもそうではないことを知りました。ひとつは街路樹の欅を伐ってほしいというもの、もうひとつは個人宅の5mほどもある桜の大木を伐採するのに助成はできないのか、というものでした。
 街路樹の欅は連続的に数本植えられており、枯葉の季節になると近隣の建物という建物に降り注いで樋を詰まらせるからといい、個人所有の桜の大木の葉は、隣地に建ったマンションの玄関に降り注いで、管理人の掃きそうじが追いつかないと苦情を言われるのが苦痛で、いっそ切り倒してしまいたいからというのです。花の美しさ、盛夏の炎熱を遮る葉の有難さは、通りすがりの者の勝手な言い分、遠くの緑は美しく、近くの緑は厄介者ということでしょうか。
 ほかに、日陰になって困る、蚊の棲家になるから迷惑だ、花粉で皮膚炎になって悩んでいる、斜面地の大木が立ち枯れてきて、いつ屋根を直撃されるか不安で眠れない、といったご相談もありました。みな他人所有の樹木の問題です。
 「緑被率」という言葉があります。航空写真によって上空から見たときの緑におおわれている土地の割合を示すもので、樹林地のほか、草地や農地も緑被として集計する、緑の総量を把握するための指標です。横浜市全体の緑被率は、1975年には45.4%でしたが2001年には31.2%に減少していて、市としてはこれをなんとか維持したい、と種々の施策を講じているところです。
 中区の緑被率は14.8%(2001年調査)。市内では鶴見区と並び、最も低い西区(12.3%)に次ぐ低さですが、この数字の中に、日陰を落とし枯葉を撒き散らす街路樹も、所有者と連絡が取れない斜面地の大木も含まれているわけです。   
 先日、二期目の当選を果たした中田市長は、次の政策として「緑新税」の導入を意欲を持って構想しているそうですが、「緑」をどのようにとらえるのかも含め、相当な議論を重ねないかぎり市民の理解は得られないのではないか、と私は考えています。